本研究は、民主化・経済移行期におけるシベリア・ヤクーチア先住民の社会経済的戦略を、土地に対する私的利用・所有に関するロシアの法制度上の展開をふまえつつ、多面的な自然資源利用の観点から社会人類学的に解明することである。2年間にわたって展開される本研究のうち今年度は、資料収集とその整理分析を中心としながら研究を実施した。 集中的な資料収集は下記の通り2度行った。(1)8月、国立民族学博物館におけるHRAF資料を中心とした民族誌資料の収集。(2)11〜12月、ロシア連邦サハ共和国(ヤクーチア)において参与観察法による現地調査および文献研究による民族誌資料の収集。 今年度の研究によって解明できたのは以下の通りである。帝政ロシア時代ヤクーチアでは、法的には土地の私的所有は認められず、共同体的所有が通説とされてきたが、実態としては土地の用益(草刈り権と漁労権)に対する排他的占有権およびその用益権に対する売買が、時期によって多少の増減はあるが、頻繁に行われていたことである。資料的には土地紛争に関する膨大な裁判記録が存在している。また現地調査からは、現在の農村集落における自然資源利用の実態と土地所有にかかわる社会関係が、父系親族カテゴリーを基盤に紡がれている傾向が認められること。土地分配の実施に際しては、それを実施する機関である村落行政機関及び住民自身によって、民族地理学的な知識が不可欠のものと認識されていることがわかった。今年度の明らかになったもっとも重要な知見は、自然利用および土地所有というきわめて社会経済的な営みを理解する上で、シャマニズム的要素をつよくおびる住民の自然観が、人々の土地および自然資源の摂取・取引行動に大きな影響を及ぼしていることであった。こうした状況をふまえて、来年度はソ連時代及び現在の土地・自然資源利用に関する行政・法制度の展開、及び民俗自然観に関する民族誌資料の集中的な収集・分析を行うつもりである。
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