本年度は、中国第一歴史档案館、台湾故宮博物院、東京大学東洋文化研究所大木文庫・仁井田文庫に赴き、これら諸機関に所蔵された宮中档案、刑科題本、軍機処録副、その他漢籍を閲覧して、清中期以降の犯罪現象の変化、および警察・監獄に関わる史料を収集した。 そのうち清中期江南デルタの市鎮をめぐる犯罪と警察に関しては、『法制史研究』50号に「清中期江南デルタ市鎮をめぐる犯罪と治安-緑営の〓防制度の展開を中心として-」と題して掲載の予定である。そこで獲得された知見を整理すれば以下のとおり。(1)明末清初の激動の収束以後、江南デルタをめぐる商品流通は再び活発化し、人や物資の空間移動も次第に激しくなった。しかし商品経済の発展は貧富の差の拡大など社会構造的矛盾を露呈させ、商人・運搬業者を狙った強盗・窃盗など対物犯罪を著しく増加させた。(2)その結果、対物犯罪への組織的な対策が地方行政上の急務となり、州・県城や市鎮本体のみならず都市と農村を結ぶ主要交通路に多数の〓が配置されていった。国家権力がより直接的に商業・交通環境の安全確保に乗り出したのである。(3)江南農村の商業・交通環境、引いては地域社会の治安の安定を図るため、〓の誘致が可能な"場"は何処であったか。それは下級知識人層や商人がヘゲモニーをにぎる中間市場レヴェル以上の市鎮に他ならなかった。彼らの政治的経済的力量を背景に、〓防制度は一層広く展開・配置されていったからである。つまり彼らは市鎮を中核とする地域社会の順調な発展を妨げる民間の暴力を、国家の暴力に依存することで排除・解決せんとしたといえる。 監獄など拘禁施設に関しては、現在「自新所の誕生-清中期江南デルタの拘禁施設と地域秩序-」と題した論文を準備中である。
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