本年度は上記の研究課題の初年度にあたり、基礎データの収集がおもな作業となった。特に、1995年から1999年まで発掘調査に参加した北シリア、テル・コサック・シャマリ遺跡の発掘調査報告書の作成を進めた。当遺跡は紀元前五千年紀にあたるウバイド期の倉庫が発見されている。本研究課題を遂行する際に、重要な最新資料と位置付けているため、そのデータ化を優先的に行う必要があるからである。この作業のなかでも特に、前五千年紀終末の層位から出土した円筒印章について研究を進めた。円筒印章は物資管理の道具として、前四千年紀後半に南イラクの大都市遺跡で出現し、南メソポタミアのウルク文化が周縁地域へ拡散するのに伴って北シリアにもたらされたと考えられている遺物である。コサック・シャマリ遺跡ではこれが従来考えられていたよりも1000年近く早い時期に出土したのである。その他の遺跡の発掘調査報告書などを検討した結果、近年の発掘で北方周縁地で極めて早い時期から円筒印章が使用されていたという事実を確認することが出来た。また同時に、北方における社会の複雑化・都市化には、南部メソポタミアの進出が強く影響しているという従来の考え方に再検討を迫る様相も報告されている。これによって、高度に発達した南メソポタミアと未発達な北方周縁地という前四千年紀の西アジアにおける地域間の関係に対する従来のイメージを見なおす有効な手がかりの一つを得ることが出来た。次年度は以上の知見をふまえ、北方周縁地における社会の発展と穀物利用の関係を探っていく予定である。
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