(1)研究代表者が以前に発表した「日本韻学用語攷(一)清濁」において明らかに出来なかった問題を、引き続き、江戸期の韻学資料・歌学資料を調査し、「清音」「濁音」「半濁音」という用語の、江戸時代以前における適用範囲の幅についての知見を拡大した。 (2)本年度の新しいテーマとしては、特に「直音」「拗音」という概念について、その歴史的形成過程・適用の範囲を考察した。これらの用語は、中国には起源を有さない、日本独自の概念であり、安然『悉曇蔵』(9世紀)における二重母音についての説明から発展し、鎌倉時代に至って、悉曇学の世界において、ほぼ現在の意味で使われる例が登場した。ところで、ウ列の拗音は、現代語においても、「シュ・ジュ」を除くと、「キュウ(<キウ)」「チュウ(<チウ)」のように、常に長音を伴って実現するという不自然な分布が見られる。これは中国の漢字音の側からは説明できない事実である。拗音の仮名表記は、「チア」「チオ」のようなア行表記が古く、のちに悉曇学の影響で「チヤ」「チヨ」のようなヤ行表記に転じたと解されているが、研究代表者は、ウ列拗音のみは「キウ」「チウ」のようなア行表記で固定し、ア列・オ列はヤ行表記に転換し、サ行ウ列のみが「シウ」と「シユ」を並存させると解釈する事により、この分布の偏りを説明した。また日本語の音節構造の歴史を考慮しつつ、なぜそのような差異が生じたのか、なぜサ行ウ列のみ特異な現れ方をするのかを考察し、その成果を、訓点語学会研究発表会で発表した。発表内容を修正したものは、機関誌『訓点語と訓点資料』に掲載予定である。
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