平成13年度の本研究においては、多くの韻学用語の中でも(1)「直音」「拗音」に関わる問題、(2)「連濁」「連声濁」に関わる問題、(3)「撥音」「促音」に関わる問題を中心に、調査・考察を行った。(1)拗音の分布の偏りは、平安初期の拗音のア行表記・ヤ行表記の問題まで遡り、ア列・オ列はヤ行表記で、ウ列はア行表記で定着し、サ行ウ列の「シュ」のみが例外であったと解釈することにより説明することが可能であるが、この立場から、「直音」「拗音」という述語の用法の歴史的変遷に対する再解釈を行った(「キウ」「チウ」などは、正統派悉曇学では「キヤ」「チヤ」「キヨ」「チヨ」等よりも、由緒正しい「拗音」であった)。(2)「清音」「濁音」「半濁音」等の用語についての調査を継続すると同時に、濁音の起源を、語の内部構造を標示するための「強閉鎖(>圧抜き>前鼻音発達)」に由来するものと解釈し、連濁は結合標示と(内部)境界標示を両立する形式として出発したものとする新説を提出した。(3)「撥音」「促音」等の用語についての調査を継続すると同時に、(2)の説を発展させ、従来から指摘されている撥音と促音の並行関係については、音便以外のものについては、語の内部構造を標示するための「強閉鎖」という共通性質によるものと説明できることを指摘した。 また、以上の調査の過程において、従来まったく注目されていなかった『華曇文字攷』(宝暦五年)・『梵学早合点』(文久三年)の二点の著作が、近世悉曇学における唐音利用の流れの中で、それぞれ、文雄『悉曇字紀訓蒙』に先行するもの、行智『悉曇字紀真釈』を継承するものとして、重要な位置を占めていることを見出した。
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