初期近代イングランドの身体表象の政治的機能について、12年度は、エリザベス朝からジェイムズ朝にかけての演劇、「悪漢文学」と総称されるパンフレット、さらに王政復古期のポルノグラフィ文学やエロティックな詩を対象として分析を行い、娼婦のエロティックな表象が、単に男性読者の性的欲望を刺激するために書かれているだけでなく、性的な放蕩がチャールズ二世の宮廷文化と否応なく結びついたために、性的放蕩のポルノグラフィカルな記述そのものが国王やその宮廷にたいする批判や諷刺という意味合いを持つようになったことを確認した。この研究成果は、論文「ナイト・ウォーカーの行方-17世紀ロンドンにおける娼婦の表象」として、末廣幹(責任編集)による論文集『国家身体はアンドロイドの夢を見るか』(ありな書房、2001年)において発表した。13年度は、考察の対象をテューダー朝から後期スチュアート朝にかけての人種的他者に移し、引き続き身体表象の政治的機能の研究を行った。とくに、シェイクスピアの演劇テクスト『オセロー』において表象されるキリスト教徒に改宗したムーア人オセローの身体にさまざまな人種的イメージが刻印され、とくにキリスト教徒がトルコ化する不安が読みとれることを、エリザベス一世からジェィムズ一世にいたるイングランドの対トルコ外交政策の変化を併せて検証しながら、考察した。この成果は、論文「メディアとしてのシェイクスピア演劇-『オセロー』における人種主義の機能-」として発表した後、全面的に加筆修正を行い、論文「イスラム恐怖を超えて-『オセロー』とトルコ化の不安のレトリック」として、2002年4月に刊行予定の『日本シェイクスピア協会40周年記念論文集』(研究社)に発表することが決まっている。さらに、王政復古期の演劇において、直接トルコが舞台になったり、トルコ人が表象されない場合でも、同様にオスマン・トルコ帝国にたいする脅威が見られることを検証した。
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