本年度の実績は、三つの領域に分けることができる。 1.トゥルニエ『魔王』『メテオール』、ピンチョン『競売ナンバー49の叫び』『重力の虹』、ラシュディ『真夜中の子供達』、エーコ『フーコーの振り子』、コンデ『わたしはティチューバ』、クロソウスキー『バフォメット』、ペルッツ『第三の魔弾』などの歴史記述メタフィクションにおける、歴史上の事件の因果律の改変の多様性について詩学的に検証した。トゥルニエにおいては登場人物に焦点化した「信頼できない語り」によって、『競売ナンバー49の叫び』においてはリドルストーリーの構造をとることによって、それぞれ読者を宙吊りにする(トドロフのいう「ためらい」の歴史小説への応用)。『重力の虹』やラシュディ、ペルッツにおいては超自然が肯定される(トドロフのいう「驚異」の歴史小説への応用)。エーユのばあい、いったん因果律の改変が確立しそうになったところでそれを覆す。コンデやクロソウスキーのばあい、すでに因果律再検討済みの歴史を新たに再検討するという手段が採られる。歴史記述メタフィクションは実在の事件を題材にするため、19世紀流幻想小説よりもその帰結のヴァリエーションが多いことがわかった。この点については一部発表済みであり、次年度以降論文として引続き発表する予定。 2.実在の地名と架空地名との混用の諸相について、架空の東欧が出てくる小説(クノー『わが友ピエロ』、エーメ「ポルデヴィアの伝説」、ル・グィン《オルシニア》シリーズ、ルノー・カミュ《ロマン》シリーズ、ルーボー《オルタンス》シリーズ)の、現実との距離のとりかたの違いを学会で発表し、論文学会誌に掲載。 3.ひとつの小説にふたつの現実体系があらわれる事例(クノー『青い花』、ロブ=グリエ『弑逆者』、村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』)の比較検討。平成13年6月の学会で発表することが決定している。
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