本年度の研究を、『狐物語』におけるパロディーの通時的側而に関するものと、共時的側而に関するものに分けて振り返る。 通時的側面に関する研究成果 1.研究発表「『狐物語』初期枝篇におけるルナールとエルサンの恋への言及について--写本にみる物語受容の変遷」。古い系列に属する写本では、第II-Va枝篇と第1枝篇の間に書かれた5つの枝篇の中に、ルナール狐と、狼イザングランの妻エルサンの姦通への言及は存在しない。ところが、これを元に編纂されたと考えられる写本では、この関係への言及が見られるようになる。当時の恋愛物語のパロディーとして描かれた姦通が、物語の発展の過程で『狐物語』の中心テーマとして受容されていったことを示す現象であると考えられる。 2.研究発表《La parodie de la confession dans la branche VII du Roman de Renart(Confession de Renart》。『狐物語』第VII枝篇に見られるルナール狐の告解を、それ以前と以後の枝篇にあらわれる告解、その他の宗教的儀礼と比較検討した。第VII枝篇よりも前の枝篇に現れるものは、教会関係者への風刺ととらえられるが、これ以後の枝篇においては、中世の教会儀式である愚者の祭りに見られるような聖と俗の意味論的伝覆が顕著になる。 共時的側面に関する研究成果 雑誌論文《La parodie des chansons de geste dans le Roman de Renart ---L'imitation des 《laisses》 dans l'episode de la plainte des coqs de la branche I ---》。『狐物語』第1枝篇における鶏の告訴の場而には、接続詞《quant》に導かれる副詞句が繰り返し現れる。これは、武勲詩における詩節と共通の現象であるが、作品全体の中でこの文体がこの場面だけに集中していることを指摘し、作者が意識的に武勲詩の語りの模倣をしていることを明らかにした。
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