研究概要 |
今年度の研究では、上記研究課題に関するフィリピン諸語のデータ及び問題の整理と、言語類型論上「フィリピン型」と呼ばれる文法体系を持つ他のオーストロネシア諸語、特に台湾原住民諸語に関する現地調査と資料収集、及びその整理に主眼を置いた。その結果、次のような知見が得られ、その成果を裏面に掲げる論文にまとめた。 フィリピン諸語については、行為者ヴォイス文が能格分析で主張されているような逆受動文ではないことを類型論的アプローチから示し(片桐2000)、フィリピン諸語のヴォイス体系全体は能格型と対格型を併せ持つ分裂型ヴォイス体系として捉えられること、その分裂のあり方には、分裂の度合いや分裂を引き起こす要因においてフィリピン諸語内で明確な差異があること、さらにそのことから、フィリピン型のオーストロネシア諸語全体のヴォイス体系を「流動型-分裂型-能格型または対格型」という連続体によって統一的に捉えることが可能であることを示唆した(Katagiri,in press)。最後の点については、フィリピン諸語以外からの論証が必要であるので、フィリピン諸語と類似するヴォイス体系を持ち、しかもオーストロネシア祖語のヴォイス体系をより純粋に保持していると言われる台湾原住民諸語についてルカイ語とパイワン語を中心に現地調査を行い、それ以外の諸言語については既存の資料を収集するなどして、データの収集とその整理を行った。その結果、台湾原住民諸語の中でも、能格性については言語によって重要な差異があり、特にルカイ語はそれ以外の諸言語と異なり、その文法体系に能格性がほとんど見られず、対格型に近いことが観察された。このことからも、上記の連続体によるアプローチは、フィリピン型ヴォイス体系を統一的に捉える上で有効なものと考えられるが、この点についてはさらに他の台湾原住民諸語、及びそれ以外のオーストロネシア諸語から考察・論証を進める必要がある。
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