研究概要 |
本研究では、最近の統語理論、特に極小主義プログラム(Chomsky 1995)の観点から素性移動(feature movement)の特性を明らかにすべく、広範囲にわたる資料に照らし合わせて、幾つかの作業仮説を検討した。その際に、明らかになったことは、牽引(Attract)という統語操作に基づく素性移動を仮定することにより、今までの理論ではうまく扱うことができなかった現象が、統一的な説明を与えられるということである。もう少し具体的には、空演算子(null operator)の主語からの移動や元位置疑問詞(wh-in-situ)に関する言語間の差異、オーストロネシア語にみられる疑問詞の一致(Wh-agreement)、範疇移動(category movement)と空演算子との共存関係、といった様々言語現象が、素性移動の観点からすれば自然な形で説明されることを明らかにした。 また、どのような条件の下に範疇移動ではなく、素性移動が起こるのであろうか、という問題に関しても、興味深い結論を得た。先行研究においては(Chomsky 1995,Takahashi 1997を参照)、どちらの移動方法がとられるかは、経済性条件に従うという主張がなされているが、空演算子や元位置疑問詞を詳細に検討した結果、経済性条件は全く関与していないということが示された。これは一つの全体的経済性条件を破棄するという理論的に望ましい結果を生むものである。空演算子のように音韻素性を持たない語彙要素は、単に素性の束であり、もともと範疇移動にはなりえない。統語と音韻の関係が重要視されつつある中、これは示唆に富む結論であり、今後は両者の関係について特に注目しながら研究を進める意向である。
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