本年度の研究は、すべて裏面「研究発表」〔図書〕欄の拙著執筆を起点として行われている。拙著の論旨は、地中海東西の教会教父たちが「異教」文献とされる古典文学作品を筆写・伝承した背景には、特にギリシア教父たちの神学において顕著な神学的特質があるというものであった。その特質は、本年度の研究成果を取り入れるならば、具体的には1.アポカタスタシス(普遍的救済論)、2.東方典礼に見られる可変的要素の積極的活用、3.ロマンス語族とギリシア語、および印欧語とセム語の間に認められる文法構造の相違点に根ざした翻訳・文化伝承の柔軟性、の三点に主として求められる。「雑誌論文」欄に挙げた研究成果はいずれもこのような結論を導くための基礎作業の過程をなすものであった。すなわち(2)は拙著の論旨を別の観点から書き改めたものであり、(1)は特質2.に関連し、(6)は特質1.と関係する。そしてそれ以外の(3)(4)(5)のうち、(4)(5)は特質3.に含まれる二つの側面をそれぞれ別個に探究したものであり、また(3)は特質1.および2.に対する西方世界での反発を文化史的側面において裏付ける資料の訳出・解説を手掛けたものである。今年度の研究のなかでは研究題目のうち「西洋古典文献伝承史の再構成」を実地に検証するまでには至らなかった。これは次年度以降の課題として継続させたい。一方、今年度の研究では新たに、仏教哲学(特に密教)を初めとする東方思想の体系とその哲学的基盤に関しても、ギリシア教父神学を基軸とする世界観システムのうちに客観的に位置づけ評価することができるという見通しが得られた。これは旧来の「西洋古典学」領域からはやや外れる分野に属する事項であるが、「古典学の再構築」に伴い、東西の古典に対する研究方法として共通なものを抽出することにより「古典文献学」という統合的分野を立てることが一般的となってきた昨今、この見通しを展開させることをも今後の課題としたい。
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