研究の一年目にあたる本年は、次の二つの作業を行った。第一に、本研究の対象を取り巻く思想的脈絡の再構成のために、古典的自由主義の代表的な理論家ハーバート・スベンサーおよびイギリス観念論の中心人物であるT・H・グリーンの思想に分析をくわえ、「新自由主義」との重なりおよび相互の比較可能性を検討した。スベンサーについては、一般に社会制度論における個人主義的性格が強調される傾向が強いが、彼の思想は、多様な次元における共同体ないし有機体の観念を含んでおり、これが個人主義的契機と統合される態様が、新自由主義の評価にとって有用な比較の視座を提供することがわかった。またグリーンの思想については、彼独特の観念論の評価が問題になるが、一方で、道徳的志向および社会制度をめぐる彼の思想には、彼の観念論から独立に、評価・比較が可能な要素が多いことがわかった。同時に、観念論によって、これらの次元の思想が拘束される側面も存在することから、新自由主義との比較において、この両面の検討が重要であることが明らかになった。 第二に、この時期の思想の焦点である、「共同体」をめぐる議論を分析する枠組みの洗練のために、「共同体」をめぐる近年の諸理論を検討し、共同体の概念によって行われる主張の多義性を分析した。いわゆる「リベラル・コミュニタリアン論争」以降、「共同体」は現代政治哲学の焦点となってきたが、近年は、この論争の過程で提起された多様なトピックをめぐって、議論が多方面に分岐している。そこで、これらの論争の分岐をあとづけることによって、「共同体の重視」という表面的な類似性をこえて、そのもとに主張される具体的な諸価値のレベルで、様々な差異を同定することが可能になる。この作業により、より厳密・具体的なレベルで諸思想を評価するための分析枠組みの手がかりを得た。
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