(1)ポスト権威主義とポスト冷戦の時代の南米南部諸国では、ブラジルとアルゼンチンを中心にウルグアイとパラグアイの四カ国からなるメルコスル(南米南部共同市場)が創設されている。こうした経済統合のプロセスと並行的に進展してきた地域的な信頼醸成プロセスは地域的な安全保障の将来構想(「共通の安全保障システム」)を提起するとともに、軍事政権の時代に政治の主体であったメルコスル加盟国の軍部に新しい軍の役割を模索させるに至っている。軍部はこれまで内外の安全保障に加えて国家開発にまで責任を担ってきたが、近年では旧来の一国中心的な安全保障概念を地域主義的なものに転換しつつある。 (2)メルコスル首脳会議は加盟資格として「民主主義条項」を採り入れて、パラグアイでのクーデター未遂による文民政権の危機に迅速に対応した。また同会議は大量破壊兵器の保有や開発などを禁止するメルコスル域内の「平和地帯」を宣言している。1980年代の地域的な民主化(軍事政権から文民政権への政治的な移行)は、信頼醸成による平和と地域統合を実現し、1990年代の地域統合は民主主義の国境横断的な防衛に寄与している。言い換えれば、民主主義への「移行」が地域統合と信頼醸成への道を開き、結果的にそれらが民主主義の「定着」に貢献している。 (3)かつて、地域統合あるいは国際統合の理論的な関心の中心に置かれた「新機能主義」では、政治と経済の領域を二分化して、経済統合が政治統合に及ぼす波及効果に統合の進展の可能性が求められてきた。しかし、メルコスルの統合のプロセスには、文民大統領の政治的なプロジェクトの側面が認められ、経済統合の交渉の停滞を政治的な次元によって克服しようとしている側面もある。すなわち、地域統合の進展の可否は経済領域から政治領域への自動的な波及の有無ではなく、むしろ政治指導者の意思と能力の有無に大きく依存しているのである。
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