本年度は、前年度における研究成果を踏まえつつロバートソンの経済政策論、特に金融政策論の独自性を明らかにするための研究を継続して行なった。 前年度の研究において、イギリスの19世紀後半から20世紀初頭における実体経済、通貨制度および金融政策の実態が、理念的な金本位制を支えるそれらの認識とは大きく異なっていたことを確認したが、本年度は金融政策論の比較検討にとって重要な通貨制度および金融政策の実態についてのより詳細な分析を行なった。 通貨制度については、銀行券発行量の統制により物価水準の自動的な安定を達成しようとした1844年銀行法が、実際には信用量を統制するメカニズムを通じてイングランド銀行を景気変動に対して敏感にし同行が無意識的に中央銀行として反循環的な政策をとらざるをえなくしていたことを、当時の金融構造の変動を踏まえて確認した。また金融政策については、19世紀後半のイングランド銀行は金との固定的なルールに基づく金融制度運営を行なったというよりは、国内景気の動向を反映して増減する民間の貨幣需要に応じて国内貨幣供給量を弾力的に調節するという「自由裁量」によって金融政策を運営したということを、同時代の実証分析にも依拠しつつ明らかにした。 以上の分析から、実体経済の変動に対して政策当局が適度の物価変動を容認するという裁量的政策のもとに弾力的に貨幣供給を行なうのが経済成長にとって望ましい、とするロバートソンの貨幣経済論は、上記の通貨制度および金融政策の実態の変化に対応し構築されたのではないかという可能性が見いだされた。ただしロバートソンがこれらの変化から直接影響を受けたのかあるいは他の著作等を通じて間接的に影響を受けたのかについての検証はまだ不十分であり、これが今後の検討課題となるであろう。
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