不況期になると、調整インフレによる雇用増を図ろうとする議論が必ずといってよいほど台頭する。しかしながら、この議論は、(1)政府の裁量政策の時間的非整合性の問題に関する考察が不十分であり、(2)通貨理論のミクロ的基礎を持たぬまま行われることが多い。この2つの問題のうち、(1)は政府と民間の間のゲームとして定式化し、問題の本質を探っているところである(Illinois大学のIn-Koo Cho氏との共同研究)。また、(2)に関してはミクロ的基礎を有する通貨理論を構築し、インフレの問題を分析するための枠組みをサーチ理論を用いて構築している(東京大学助手の清水崇氏との共同研究)。 当該プロジェクトにおける本年度最大の成果は、通貨理論に関する貢献である。従来のミクロ的基礎理論では、モデルの複雑さゆえに貨幣を一人一単位しか保有できないなど、非現実的な仮定を置いて分析を進めてきた。これら一連のモデルによって得られた知見も大きいが、やはりインフレーションの問題への応用という点に関してはまったく無力であった。貨幣を何単位も保有できるとしたモデルも最近になってようやく解が見つかってきたが、今度はどのような価格レベルでも均衡になってしまうという非決定性の問題に直面することとなった。われわれの研究は、人々が出会う「場」としての「市場」というものを捉え直し、サーチ理論に組み入れることによって、上記の問題を解決することに成功した。今後、この成果をインフレの問題等に応用していく予定であり、これによってミクロ的基礎を有する通貨理論の調整インフレなど現実問題への応用の可能性が開かれたといってよいであろう。
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