研究概要 |
近年J.ハッチャーは、13世紀のイングランドの農民にとっての脅威は、領主の搾取より、人口増加による土地の価値の上昇であったと主張し、このため、封建領主の強い支配を受けていた慣習土地保有農customary tenantsは逆に封建的慣習に守られていたことにより、市場の圧力にさらされていた自由農freeholdersより低いレベルの地代しか負担していなかったと主張している。そこで、本年度は中世農民のモデル作成の前提としてオックスフォド州のハンドレド=ロールズHundred Rolls(1279年)に記された地代の統計的分析から、市場の働き、領主の圧力、慣習のうちどの要因が農民の地代の決定で重要な要因となっていたかを検討した。 まず、多くのマナで、市場によって決定されたと考えられる自由農の最高地代水準は、慣習土地保有農の地代水準より高いことが確認される。この事実はハッチャーの主張を支持しているように見える。しかし、自由農の最高地代水準と慣習土地保有農の地代水準には有意な正の相関(R=0.222,N=141)も認められることにも注意しなくてはならない。これは、後者の地代も市場と無縁ではなかったこと、すなわち、それが完全に慣習によって完全に守られてはいなかったことを示している。 また、自由土農の最高地代水準は、慣習土地保有農の貨幣地代の水準とは高い相関(R=0.327)を示すのに対して、賦役の水準とはまったく相関関係を示してはいない。これは、貨幣地代水準が市場の影響を強く受けたのに対して、賦役の水準はむしろ領主の封建的な力を反映していたためであると考えられる。しかし、封建的な力が強いことは、必ずしも農民に過重な負担を強いたことを意味しない。例えば、多くの賦役労働を負担していた聖界領の農民の地代総額は、むしろ貨幣地代中心の世俗領の地代総額より少ないのである。農民の地代を押し上げる力は、当時は市場のほうが強かったと考えられるだろう。
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