本研究の目的は、有機超伝導体BEDT-TTF塩における走査トンネル顕微鏡(STM)を用いた電子トンネル分光測定により超伝導発現機構に関する知見を得ることである。カウンターアニオンの置換、およびドナーの重水素置換などによる化学的圧力に対する電子状態の変化を調べている。今年度は、BEDT-TTFの部分重水素化の準備として、H8体の(BEDT-TTF)_2Cu[N(CN)_2]Brの単結晶作成とSTM測定を行った。これに先立ち、参照物質として(BEDT-TTF)_2Cu(NCS)_2においてSTM測定を行った。 1.(BEDT-TTF)_2Cu(NCS)_2のSTM分光測定 超伝導転移温度以上においてトンネルスペクトルは平坦にならずに、ゼロバイアス付近にくぼみを持つことが見出された。この、フェルミ準位付近の状態密度の減少を示すくぼみは約40Kで消失するが、この温度はNMRのT_1T^<-1>がピークを示す温度および磁化率が減少し始める温度とほぼ一致する。NMR測定等により示唆されていたBEDT-TTF塩における擬ギャップの存在が、本研究でのSTM分光により裏付けられた。 2.(BEDT-TTF)_2Cu[N(CN)_2]Brの単結晶作成とSTM分光測定 電解法により大型の単結晶試料を作成した。得られた単結晶の超伝導転移温度は11.5Kであり、良好な超伝導特性を示すことが確認された。STM分光測定では、超伝導転移温度以下において明確な超伝導ギャップが観測された。トンネルスペクトルの形はゼロバイアス付近でエネルギーに線形な振舞いを示し、(BEDT-TTF)_2Cu(NCS)_2と同様にd-波超伝導で期待される電子状態密度とよく一致する。また、転移温度以上においては、擬ギャップを示唆するゼロバイアス付近でのコンダクタンスのくぼみも観測された。
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