研究概要 |
本研究の目的は、有機超伝導体BEDT-TTF塩における走査トンネル顕微鏡(STM)を用いた電子トンネル分光測定により超伝導発現機構に関する知見を得ることである。ドナーの部分重水素置換による電子相関の系統的な変化に対する、超伝導および擬ギャップ状態の変化を明らかにすることを目指し、今年度は水素体(d[0,0])および、これよりも電子相関の強い部分重水素体(d[2,2])の(BEDT-TTF)_2Cu[N(CN)_2]BrにおいてSTM測定を行った。 超伝導状態においては、水素体の(BEDT-TTF-d[0,0])_2Cu[N(CN)_2]Br (T_c=11.5K)と部分重水素化した(BEDT-TTF-d[2,2])_2Cu[N(CN)_2]Br (T_c=12.0K)の両者ともに明確な超伝導ギャップが観測された。トンネルコンダクタンスカーブの形状はd-波のギャップ対称性でよく説明された。数多くの測定を重ねデータを収集することにより、それぞれの塩でギャップパラメターΔを決定することができた。得られた値を以下に示す。 Δ=2.1-3.9meV 2Δ/kT_c=4.3-7.9 for(BEDT-TTF-d[0,0])_2Cu[N(CN)_2]Br Δ=3.0-4.8meV 2Δ/kT_c=5.8-9.3 for(BEDT-TTF-d[2,2])_2Cu[N(CN)_2]Br このことから、2Δ/kT_cの値は電子相関の増加とともに大きくなることが明らかになった。 両者の塩において、超伝導転移温度以上でトンネルスペクトルにくぼみが見出された。この擬ギャップ構造は40-50Kまで残ることがわかった。この温度は、静磁化率が急激に減少し始める、あるいはNMRの(T_1T)^<-1>がピークを示すといったスピン系における異常が観測される温度とほぼ一致する。それぞれの塩での擬ギャップの出現する温度を正確に決定することが今後の課題である。
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