生体分子モーター系は、非平衡系におけるエネルギー変換過程の実現例である。近年は一分子直接計測が可能となった。また熱ラチェット系は、温度差を持った二つの熱浴の中で働き、非平衡環境から仕事を取り出す最小モデル系であり、分子モーターのメカニズム解明のためにも重要である。これらはすべて、ブラウン運動スケールでのエネルギー変換過程である。しかるに、これまで定式化されてきた熱力学・熱統計物理学は、マクロ極限においてはその取り扱いの正当性が自明となるが、分子スケールの"小さい"系、そしてその系での一分子計測が、通常のマクロ極限でのアンサンブル平均とどのように対応するのか、あるいはしないのか、その定量的議論は現段階では不十分である。 そこで私は、このブラウン運動領域でミクロエンジンを構成することによって、機能と不可逆性の関係を定量的に議論し、ブラウン運動領域へ適用可能な、新しい熱力学理論の構築の一歩として以下の結果を得た。 1)ブラウン領域で動作するカルノーサイクルを構成し、そのエネルギー変換効率を議論し、熱力学第2法則の意味、有限時間で系が動作することに由来する不可逆性の定量的評価を行った。 2)二つの異なる熱浴に接することで動作する非平衡熱機関に対して、Kramers方程式を用いた効率の定量的解析を行い、準静的過程においてその効率は最大化されないばかりか消失する(ゼロになる)ことを明らかにした。 これら成果は、本質的に非平衡な環境で働く系のエネルギー変換過程に、これまでの熱力学が対象としてきた系とは本質的に異なる物理があることを示しており、現在さらなる研究を進めている。
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