昨年度のn-アルカンのドロップレット結晶の相転移挙動とアルカンチオールの相転移挙動に関する研究に引き続き、今年度はn-アルカン結晶の融点直下に存在する"回転相"の構造に関する研究を行った。回転相はn-アルカンのみならず、他の脂質系分子や鎖状高分子などの融点直下に出現する特異な固相である。脂質膜や単分子膜、2分子膜にも回転相と類似した凝集構造を形成するものがある。 回転相に関する研究は古くから行われてきた。回転相では分子はその鎖軸回りに回転的な揺らぎを引き起こしており、その結果、分子の位置の3次元秩序配列は維持されるものの、分子の鎖軸回りの向き(分子配向)の配秩序が壊れている。現在までに、配向秩序、分子の層平面法線からの傾き、積層方式の異なるRI-RVの5つの回転相の存在が明らかになっている。各回転相においてその構造は極めて概略的な平均構造のみわかっており、細かい構造の実体は明らかにされていない。本研究では回転相で観測される特徴的なX線散漫散乱から、構造の揺らぎの空間相関に関する知見を得た。 n-アルカンの試料としてn-トリコサン(n-C_<23>H_<48>)を用いた。その理由は、まず、X線回折実験用の適当な大きさの単結晶が得やすいこと、低温秩序相がポリエチレンと同じ分子パッキングの斜方晶系であり回転相に相転移する時に単位格子の変化の対応が取り易い、さらに低温側からRV、RI、RIIの3つの特徴的な回転相が出現することがあげられる。 回転相ではメチレン鎖の繰り返し周期(以下:サブセル)の第1層線、第2層線上に特徴的なX線散漫散乱が観測されたその起源を分子の鎖軸に沿った揺らぎと分子配向の揺らぎの空間相関であるとし、2次元散漫散乱強度分布を解析した。その結果、回転相では、分子配向を同一な方向に揃えた短距離秩序ドメインが存在することが推測される。さらに、ab面内において、分子配向に平行な方向には分子は行こうの揺らぎの相関が強く、垂直方向には弱いこともわかった。今までは、単分子膜やアルカン回転相では分子配向が低温秩序相と同じheriingbone packingを持った短距離秩序が存在すると漠然と考えられきたが、散漫散乱の解析により、回転相はその推測とは異なる短距離秩序配列の存在が明らかになった。この成果は、今後、単分子膜、2分子膜、脂質膜の構造を理解する上で、重要な知見であると考えられる。
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