固相中での化学反応は気相や液相と異なって、反応のしやすさは活性化エネルギーの大小だけでは決まらない。例えば、ネオペンタン98%(溶媒)-エタン2%(溶質)混合系に放射線を照射すると、30K以下では溶媒ラジカルしか観測されないが、40K以上になるとわずか2%しか入っていない溶質ラジカルが効率よく生成するようになる。溶媒・溶質ラジカルの生成は、これまでの研究で放射線照射によって溶媒から生成したH原子によるトンネル水素引き抜き反応によって生成することがわかっているが、水素引き抜きの活性化エネルギーの差が殆どないネオペンタンとエタンで、どうして40K以上で高選択的にエチルラジカルができるのかはわかっていなかった。ESRでは基本的に分子内の情報しか得られないため、ラジカルの周りの環境の情報に乏しい。本研究では、ENDOR(電子-核二重共鳴法、ESE(電子スピンエコー法)で生成ラジカルの周りの格子の状態並びにラジカルの運動の温度依存性を測定することにより、高選択的なエチルラジカルの生成機構に迫った。 その結果、Matrix ENDORとESEEMスペクトルの解析から、ネオペンチルとエチルラジカルの周りのマトリクスの局所構造は4.4〜45Kでほとんど変化がないこと、またESRとENDORスペクトルの解析から、マトリクス中でネオペンチルラジカルは100Kでも堅く捕捉されているのに対して、エチルラジカルは6Kで空間的に揺らぎ始め、40Kより高い温度では激しく運動することがわかった。この分子運動によってエタン分子は、ネオペンタン分子よりも水素原子による水素引抜反応に適した配向をとり、その結果として水素原子と選択的に反応しているものと思われる。 本研究の成果は、The Journal of Physical Chemistry A誌に投稿し、既に受理されている。
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