研究概要 |
本年度は、単核非ヘム鉄酵素のモデル化を、嵩高い置換基を導入したN,N′-disalicylidene-ethylenediamine(salen)誘導体を用いて行った。salen誘導体配位子は各種マンガン錯体がオレフィンをエポキシ化することが知られており、生成した鉄錯体はその嵩高さにより二量化を完全に防いで不安定な中間体を速度論的に安定化することができるはずである。立体障害となる嵩高い置換基を導入したbis[3,5-bis(mesityl)salicylidene]-trans-1,2-bis(mesityl)ethylenediaminate(Messal Mesen)を用いた各種秩(III)錯体を合成した。今回、その構造、分光学的性質、ならびに電気化学的性質について知見が得られた。 合成したMessal Mesenの鉄(III)錯体はクロライド錯体(1)、エトキシ錯体(2)およびアクア錯体(3)でいずれも単結晶として得られた。X線構造解析からエトキシ錯体(2)とアクア錯体(3)は、鉄(III)錯体としては珍しい歪んだTrigonal Bipyramidal構造を持つことが分かった。この構造はジオキシゲナーゼであるProtocatechuate3,4-Dioxygenaseの鉄(III)中心の構造に類似しており、大変興味深い。アクア錯体(3)と、エトキシ錯体(2)から生成したヒドロキシ錯体(4)のESRスベクトルは本酵素に特徴的なg=4.3,9.2〜9.4(E/D=〜0.28,ゼロ磁場分裂定数D=1.5〜2.07cm^<-1>)のシグナルを示した。アクア錯体(3)のpH滴定によりその配位水のpKaは7.21と見積もられた。これは生理的pHにおいて酵素の鉄中心が60%ヒドロキシ体であることを示す。 さらにアクア錯体(3)はE=-1.25,0.84,1.04V(vs Fc/Fc)にそれぞれFe(II)/Fe(III),Fe(III)/Fe(III)モノカチオンラジカル,Fe(III)モノカチオンラジカル/Fe(III)ジカチオンラジカルに相当する酸化還元波を示した。Fe(III)ジカチオンラジカル種は高原子価Fe(V)種とは異なるが、Fe(III)錯体をさらに二電子酸化した状態として-40度で準安定に生成することが分かった。
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