多化性の昆虫に見られる休眠や季節多型といった季節的な表現型可塑性は、1年に1回だけ発生する1化性個体群では不必要な形質である。もし表現型可塑性に維持コストが存在するとすれば、1化性個体群では表現型可塑性は不必要なだけでなくコストまでかかる形質として消失しているかもしれない。そこで、昆虫における季節的な表現型可塑性に維持コストがあるか否かを評価するために、南方の多化性個体群で観察される可塑的反応が北方の1化性個体群では維持されているかを調べた。 まず、年間世代数に地理的クラインが見られるヤナギルリハムシで、具体的にどのような選択圧が本種に表現型可塑性を進化させたかを知るために、本種の生活環と本種を取り巻く環境の季節的変化を北海道石狩と和歌山県九度山の2地点で把握した。その結果、北海道石狩では本種の年間世代数は年1〜2化で、幼虫発育時の気温や寄主植物の質などの環境変動が世代間で小さかったのに対して、和歌山県九度山では年4化以上で、これらの環境変動が世代間で大きかったため季節的な表現型可塑性が進化しやすい環境条件であることが明らかになった。さらに、野外調査と平行して室内飼育実験も行った結果、多化性の九度山個体群だけでなく石狩個体群でも可塑的な休眠誘導の光周反応が示された。また、どちらの個体群も寄主植物の質に敏感に反応し、質の悪い葉を摂食したメス成虫はすぐに産卵を抑制した。これらの性質は季節的に変動する環境に適応した結果進化した表現型可塑性であるが、北海道石狩個体群は完全に1化の個体群ではないため、表現型可塑性の維持コストについてまでは評価できなかった。来年度は、より北方に生息する完全1化性のヤナギルリハムシ個体群を研究対象とすることで表現型可塑性の維持コストについて評価するだけでなく、他の昆虫種でも調べることで結果が普遍的なものであるかどうかまで確認する予定である。
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