歩行中には巧妙に調整された頭部と眼球運動の組合わせが視線の保持を助けると考えられている。この頭部と眼球の巧緻な代償的運動のうち、矢状面内の動き(前後屈と上下動)については詳しく調べられているが、水平面および冠状面内の動きについては情報が極端に不足している。また、これまでの報告は直線歩行時のものに限られ、日常的によくみられるカーブを描く歩行時のデータは頭部・眼球に限らず皆無に近い。そこで本研究では、健常者が直線および円周歩行を行う際の眼球、頭部、および身体各部の動きを計測し、それらを量的に記述し特徴づけるとともに、視線と頭部の安定を達成するメカニズムについて洞察を加えることとする。 今年度は、(1)直線歩行中の眼球、頭部、体幹部の水平面内での動き、および(2)円周歩行中の身体各部の動きについて運動学的解析を行った。被験者は健康な成人9人であった。(1)の実験結果からは、歩行中に頭部は水平面内で体幹の水平回転(yaw回転)と身体の左右への偏移を代償するようにyaw回転することが明らかになった。それらの位相関係の解析およびスペクトル解析から、矢状面内での場合と同様、歩行中の頭部運動に対する耳石と半規管の相対的な重要性は歩行条件によって変化し、それが頭部のオリエンテーションに重要な意味を持つことが示唆された。(2)の実験結果からは、円周歩行時には進行方向の変更が主に内側下肢によってなされること、左右下肢の動きが異なることによって生じる歩行角度の変化の不均一さは体幹に対する頭部の動きである程度代償されること、頭部はさらに予測的に進行方向をむくことによっても視線の安定に貢献していることが示唆された。
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