聴覚情報処理過程では、周波数情報と時間情報との相互作用によって時間順序の失認や未提示音の補完という「時間錯覚現象」が生じる。これは感覚記憶を用いた情報処理の過程で生じるものであると考えられる。本研究では、ミスマッチ陰性電位(MMN)の計測によって、感覚記憶における時系列の記憶特性を検討した。 本年度はまず、時系列情報を保持するために短期間の履歴情報をあるひとまとめの情報として扱う「時間統合」の機能と注意の関係を詳細に検討した。昨年度の本研究の結果から、時間統合の最大時間幅は300ms〜400ms程度であり、この時間幅を超える長さの音列を短期保持する際には注意が必要となることが示唆されていたが、今回5名の被験者に対して確認実験を行うことにより、それを支持する結果が得られた。また注意条件によるMMNでは、無視条件でのMMNに比べて前頭部に複雑な頭皮上電位分布が生じることが、多チャンネル脳波計測実験から示唆された。これらの結果は、注意下での時系列の短期保持には、作業記憶などより高次な部位が関与している可能性を示すものである。 次に、聴覚情報処理過程で生じる群化現象とMMNとの関連を検討した。群化は周波数が近かったり、時間的に近接したりする複数の聴覚刺激をグループとして扱う概念のことである。200msの間隔をおいて提示される二音の間に挿入音を加えたものを単一の刺激とし、最終音の周波数を変化させるオドボール系列によってMMNを誘導する実験を行った。挿入音の個数や週波h数を変えて群化とMMNの関係を検討した結果、群化の有無によってMMNの相対的な振幅が変化し、これから周波数と時間との相互作用(競合や協調)によって群化が生じていることが示唆された。この結果は、時間錯覚現象を説明する上で必要となる聴覚信号の時間情報と周波数情報の競合作用、さらには、聴覚計算論における拘束条件を生理学的な解明につながる結果だと思われる。
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