動物のレム睡眠期や探索行動時の海馬脳波にみられるθ波は、記憶の固定や再生の機能と関連があると考えられている。また海馬θ波は、脳内の海馬と中隔の相互作用により発生・維持されていると考えられている。この系を模擬するために、海馬モジュール(ラット海馬スライス標本)と人工中隔モジュール(AD/DA変換器を備えたパーソナルコンピュータ、PC)との相互結合系を構築した。 海馬スライス標本内の多数のニューロン活動を同時計測するために、従来、生体脳で用いられてきた多重電極テトロード法を改良し、マルチニューロン活動計測システムを構築した。人工中隔モジュールは、RTLinux V.2を導入したPCを用い、海馬θ波とBVP振動子との引き込み同期現象を利用した脳波信号のリアルタイム処理により、θ波の任意の位相で刺激パルスを発生できるように設計・開発した。 海馬スライス標本にムスカリン受容体作動薬であるカルバコールを投与すると、約10分後に6Hz程度のθ波様振動現象(以下θ様活動)が約1分ごとに発生・消滅した。その際、テトロードにより複数のニューロンのスパイク活動を同時計測することに成功した。海馬スライスを人工中隔モジュールと結合し、θ様活動中に電気刺激を与えたが、位相シフトは明確にはみられなかった。 ニューロン活動を解析した結果、θ様活動に先行して一過性に活動が高まるタイプ、θ活動と同期して1〜2発程度のスパイクを発生するタイプ、およびθ活動と同期したバースト活動を呈するタイプのニューロンが見出された。これらの発火パターンは、興味深いことに、動物の脳内θ波発生時の海馬ニューロンのそれと類似していた。この結果は、海馬スライス標本で観測されるθ波様活動が海馬θ波と共通した発生メカニズムを有している可能性を示唆するものである。
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