ウイルスが宿主に感染した際には、細胞内で様々な分子応答機構が起こる。例えば、ウイルスによる宿主遺伝子の発現制御、宿主蛋白質を使ってのウイルスゲノムの複製、宿主の生体防御機構としてのアポトーシス等である。このようなウイルス、宿主側の個別の現象について調べられた仕事は数多くあるが、細胞内で起こっている現象を両者の立場で一度に理解しようという研究は、少ない。そこで本研究では、カイコ核多角体病ウイルス(BmNPV)と宿主細胞のBmNを材料として、BmNPVがBmN細胞に感染した際に起こる遺伝子発現プロファイルの変化の解析を行い、ウイルス感染時における分子応答を網羅的に解析することを目的とする。 方法としては、ウイルス感染2、6、12時間後のBmN細胞由来のmRNAよりcDNAライブラリーを作成し、それぞれのライブラリーから1000クローンの5'末端からのシークエンスを決定、ESTデーターベースを構築した。すでに構築されていたBmNのESTデーターベースと比較すると、感染後2時間で、0.4%、6時間で5%、12時間で55%が、ウイルス由来の遺伝子であり、ウイルス感染に従って、ウイルスの初期遺伝子、後期遺伝子の発現と発現量の増加が確認され、いままで確認されていないORFの転写産物も数多く認められた。また感染24時間後では90%以上のcDNAがウイルス由来のcDNAであった。一方、宿主側では、ミトコンドリア関連遺伝子群の発現量の増加が認められた。さらにカスパーゼ阻害剤であるIAPやヒトアポトーシス阻害因子DAP-1などのアポトーシス関連遺伝子の発現も認められた。逆に未感染のBmN細胞では数多く認められたBMC反復配列や様々なハウスキーピング遺伝子の発現量が低下していることが明らかになり、BmNPVが、自己の増殖に有利になるように、宿主の遺伝子発現をコントロールしている可能性が示唆された。
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