分子育種による農作物の耐乾燥性改良を推進していくにあたり、申請者らはアフリカ・ボツアナ原産の野生種スイカに注目した。この植物は、超乾燥条件下において水をほとんど失わずに生存する能力を持つが、驚くべきことに、一般に乾燥に弱いとされるC3型の光合成代謝を営む。また野生種スイカは、(1)強光・水ストレス下においても細胞構造の秩序が保たれ、光合成反応複合体が損傷を受けない。(2)乾燥ストレスに伴いアルギニン代謝経路の中間体であるシトルリンが高濃度で蓄積する、等の特徴があり、これらの現象は、スイカに独特の乾燥耐性機構の存在を反映していると思われる。しかしながら、野生種スイカが乾燥ストレス下において遺伝子発現をどのように変化させ、その結果どのような耐性メカニズムを構築しているのか、その全体像を包括的に解析する試みは未だ行われていなかった。そこで、蛍光ディファレンシャル・ディスプレイ法(FDD)を用い、乾燥誘導される遺伝子群を網羅的に同定し、得られた遺伝子の機能解析を通じ、野生種スイカの乾燥耐性分子機構を理解することを目的とした。 これまでに34種類のプライマーの組み合わせによりFDD解析を行い、約2600のcDNAの中から84種の乾燥誘導遺伝子断片を単離した。得られた遺伝子断片の配列相同性検索により、アラビドプシスなどのモデル植物とは異なるユニークな遺伝子発現が明らかとなった。例えば、FtsHタンパク質は、葉緑体の光合成複合体PSIIのD1タンパク質の分解に作用するプロテアーゼで、他の植物においては乾燥誘導の報告は無いが、野生スイカでは乾燥ストレスにより誘導されていることが示唆された。このことは、野生種スイカが光合成反応複合体の光傷害を回避する能力に優れていることとの関連が考えられる。またアルギノコハク酸合成酵素やグルタミン合成酵素遺伝子などは、アルギニン生合成に関与する酵素遺伝子であり、上述のシトルリン高蓄積に貢献していると考えられる。 誘導遺伝子の一つであるメタロチオネイン(MT)の全長cDNAを単離したところ、14個のシステイン残基を有する77アミノ酸のタンパク質が推定された。乾燥ストレスに応答してそのmRNA蓄積量は3.3倍に増加していた。MTの構造的特徴から、活性酸素種の一つであるヒドロキシルラジカルを迅速に消去することが示唆された。大腸菌内での組換体タンパク質の作出に成功しており、現在その活性酸素消去能について解析しているところである。 さらに、誘導遺伝子のシトクロムb-561様遺伝子は、動物においては分泌ホルモン生合成に関与する膜貫通型還元力伝達因子であるが、植物からは遺伝子が同定されたことがなく、その機能・生理的意義は不明である。そこで野生種スイカからシトクロムb-561様遺伝子をコードする2種のcDNAクローンCLB561AおよびCLB561Bを単離した。それらは互いにアミノ酸レベルで42%の配列相同性を有しており、また2個のヘム結合部位の4ヶ所のヒスチジン残基が保存されていた。CLB561Bに特異的なペプチド抗体を作成しウェスタン・ブロット解析を行ったところ、予想される27kDにタンパクを検出することができた。現在、免疫組織染色によるタンパク質局在性の解析を行っている。
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