本研究では、嗜好摂取行動と味覚器機能が連動して変化することを明確にし、その生理学的な意義を追究することを目的とした。満腹中枢である視床下部腹内側核(VMH)を破壊したラットは、極端な摂食量の増加を示し、味覚感受性が変化することが報告されている。本研究では始めに、VMH破壊ラットの糖質に対する嗜好性を、二瓶選別法(蒸留水と味溶液を選択摂取させて、嗜好率を求める)で調べた。グルコースやシュークロースに対する嗜好性と同様に、多糖類であるデンプンに対する嗜好性がVMH破壊ラットで強くなっていることが判明した。人では、デンプンは無味であるとする考え方が定着しているが、ラットでもデンプンが無味であるという証拠はない。そこで、電気生理学的、及び行動学的実験により、デンプンの味をラットが感じるかどうかを追究した。主な味覚神経である鼓索神経活動を記録したが、舌表面にデンプン溶液を与えても全く応答しなかった。また、デンプンに対する嫌悪条件づけを施す行動実験において、鼓索神経の外科的切除が忌避行動の発現に全く影響を与えなかった。これらの結果から、少なくとも鼓索神経は、デンプンの味情報を中枢へ伝達する経路ではないと考えられた。一方、舌後方の味覚情報を伝える舌咽神経では、デンプン刺激に対する明らかな応答が観察された。嫌悪条件づけ後のデンプン忌避行動が舌咽神経切除で減弱するので、確かにデンプンの味はこの神経を経由して中枢へ伝えられることが明らかとなった。VMH破壊ラットにおいても舌咽神経のデンプン応答は記録できたが、正常ラットとの間に応答性の差異は認められなかった。従って、味覚神経の応答性の違いで、VMH破壊ラットのデンプン嗜好性を説明できない。現在、デンプン刺激後の脳内FOS発現を指標として、味覚情報が処理される過程に変化があるかどうかを解析中である。
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