細胞分化は多くの分子生物学的、生化学的プロセスによって成立するが、細胞分化の誘導が容易な寄生性原虫をモデル生物として解析することで、細胞分化に必須な分子機構を解明することを本研究の目的とする。本年度は、モデル生物としてクルーズトリパノソーマ(以下、Tc)を用い、昆虫体内型から感染期型への転換(Metacyclogenesis、以下MCG)における分子機構を探るために、低MCG頻度の株と高MCG頻度の株からそれぞれDNAライブラリを作製した。しかしながら、十分なタイターのライブラリを得ることはできず、現在高タイターのライブラリを作製すべく種々の条件を検討中である。 一方、筆者はトリパノソーマ科原虫のピリミジン合成経路の研究をすすめ、同経路の第4酵素dihydroorotate dehydrogenase(DHOD)が、真核生物ではトリパノソーマ科原虫と出芽酵母のみ細胞質局在性(他はミトコンドリアに局在)で、かつ電子受容体にフマル酸をとる(他はキノン叉は分子状酸素)ことを明らかにした。その生物学的意義について調べるために、TcのDHOD過剰発現株を作製し解析を行ったところ、DHOD過剰発現株ではMCGの効率が低下することが示された。MCGは、Tc細胞の栄養状態の悪化や酸化/還元状態の変化がトリガーとなるとする報告もあり、本研究で明らかとなった、TcのDHODがフマル酸還元活性を有するという事実は、その過剰発現がTc細胞内の酸化/還元状態を変化させることでMCGの効率を阻害する可能性を示唆している。現在その詳細について検討中である。
|