1 研究の目的 多発性嚢胞腎(polycystic kidney disease、PKD)は、腎不全に至る遺伝性腎疾患である。現在治療法がなく、遺伝子治療を含む治療法の確立が待たれている。PKDにおいて種々の成長因子およびプロトオンコジーンが嚢胞形成に関与していることが報告されているが、両者を結ぶシグナル伝達に関しては何も分かっていない。MAPキナーゼ(以下MAPK)は細胞内信号伝達において重要な役割をはたす酵素である。本研究の目的はPKDにおけるMAPKの病因的意義を明らかにすることである。 2研究の内容 藤田保健衛生大学、高橋久英先生より供与されたPKDモデルpcyマウスの検討を行った。pcyマウスの胎児腎、新生児腎、成熟腎、を用いて、MAPKの時間的・空間的発現を明らかにした。またヒト胎児、および腎摘出術により得られたPKDにおけるMAPKの局在を免疫組織染色により検討した。 3結果 pcyマウスの腎嚢胞壁上皮細胞において、MAPKの中で増殖に関与するextracellular signal-regulated kinase(ERK)、増殖またはアポトーシスに関与するp38MAPK(p38)発現の増加、アポトーシスに関与するc-Jun N-terminal kinase(JNK)発現が減少した。ヒトにおいてもERK、p38の発現増加、JNKの発現減少が認められ、異なる動物種においても同様の結果を得られることを確認した。また、細胞増殖は嚢胞上皮細胞で増加、アポトーシス陽性細胞は嚢胞周囲の間質組織で増加を認めた。 4考察 PKDにおける嚢胞形成過程においてMAPKの発現が特異的に調節されていることが考えられた。またPKDにおけるMAPK発現は増殖、アポトーシスのマーカーと相関を示し、増殖、アポトーシスを制御していることが示唆された。今後、マウスの胎児腎の器官培養をおこない、ERK、p38の阻害剤やdominant negative、またはJNK活性型強制発現の、嚢胞形成への影響を検討する予定である。
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