近年胸部動脈瘤や肺腫瘍を含む胸部外科症例の増加により術中に片肺分離換気を必要とする症例が増加している。しかしながら、これまでの研究において重力などが片肺分離換気中の肺血流調節機構に関与することは示しているが、その直接の肺血流調節機構については推論の域を出ない。我々はアセチルコリン(Ach)負荷による肺血管内皮機能を評価し、片肺換気中の発生する低酸素性肺血管攣縮(HPVC)に対する肺血管内皮機能の影響について検討を行った。【対象】久留米大学倫理委員会より承認を得た(研究番号2023)。肺外科手術予定患者10名とした(平均年齢63歳、身長160cm、体重56kg)。胸部硬膜外チュービング後、全身麻酔を導入した。ダブルルーメンチューブを挿管後、右内頚静脈より肺動脈カテーテルを挿入した。測定項目は動脈圧、肺動脈圧(PAP)、PCWP、中心静脈圧、動脈血酸素分圧、混合静脈血酸素分圧、ヘモグロビン値、心拍出量とし、肺血管抵抗とシャント率を算出した。肺血管内皮機能検査としてAchを中心静脈路から10(-4)mol/L心拍出量で5分間持続投与した。側臥位両肺換気時、Ach投与直後、片肺換気時において測定した。【結果】肺動脈Ach負荷時体血圧の変動は無かった。Achの投与により平均PAPは低下し、PaO2/FIo2の値の低下とシャント率の上昇を認めた。平均PAPの低下値とPaO2/FIo2の値に相関関係を認めた(r=0.785、p<0.001)。さらに、両肺換気時Ach負荷時のPAPの低下と片肺換気中のPaO2/FIo2の値にも相関関係を認めた(r=0.849、p<0.016)。【考察・結語】PAPの低下とシャント率の上昇より、Achによる血管拡張は換気を有する肺胞に接している肺血管拡張よりも、HPVCにより収縮しているシャント血管である可能性が高い。また、Ach負荷時のPAP低下の程度(拡張機構)と片肺換気中の酸素化能(収縮機構)との間に負の相関を認めるため、肺血流調節機構上、相反する調節機構として存在することを示唆する。Ach負荷試験はこの調節機構の不均衡を検出する臨床的に有意義な検査であると考えられる。
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