強大音響によって生じる内有毛細胞の形態的変化は、グルタミン酸を蝸牛に直接投与した時に見られる組織像と非常に類似することより、騒音性難聴の成因の一つとして、グルタミン酸による興奮性神経毒性の機序が関与することは考えられていた。しかし、強大音響負荷により内有毛細胞よりグルタミン酸が遊離されても、強力なグルタミン酸の再吸収機構(トランスポーター)によりシナプス間隙内のグルタミン酸が除去されるため、実際過剰なグルタミン酸が直接聴力障害に影響を及ぼしていることを証明した報告は今までにない。GLASTは蝸牛におけるグルタミン酸トランスポーターである。今回我々は、GLASTをノックアウトしたマウスを用いて、騒音性難聴においてグルタミン酸が聴力悪化を引き起こしていることを明らかにするため、強大音響負荷前後の、1)蝸牛グルタミン酸濃度の測定。2)ABR閾値を用い聴力変化の測定。3)電子顕微鏡を用いた内有毛細胞の形態的変化の観察を行った。 結果、蝸牛内のグルタミン酸濃度については、音響負荷によりノックアウトタイプでは急激な上昇が認められ、音響負荷60分後の時点においてもグルタミン酸濃度は上昇したままであったが、ワイルドタイプでは変化は認められなかった。聴力については、音響負荷直後にはノックアウト、ワイルド両タイプにおいて、ほぼ同程度の悪化が認められたが、負荷後60分の時点においてワイルドタイプでは聴力の著明な改善が認められたのに対し、ノックアウトタイプでは聴力は悪化したままであった。電子顕微鏡による形態的変化の観察においても、音響負荷60分後、ワイルドタイプでは正常像を示していたのに対し、ノックアウトタイプでは内有毛細胞下の神経終末樹状突起において強い変死所見が認められていた。 今回の研究により、音響暴露時グルタミン酸を吸収するトランスポーターが欠損した場合、音響暴露による内耳障害が増悪することより、内耳における過剰グルタミン酸の吸収機構が、グルタミン酸毒性に対する内耳保護において重要な役割を持つことが明らかとなった。グルタミン酸毒性は、音響障害時ばかりでなく、虚血性内耳障害や、アミノグリシド系や利尿剤による内耳障害時にも、増悪因子として作用していることが明らかにされている。今後は、このトランスポーターの機能を活性することにより、今まで有効な治療法がなかったこれらの難聴における新たな治療法の確立が期待できると考えられてた。
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