これまで、咀嚼時における下顔面皮膚上の動態解析を行い、その咀嚼運動評価法としての有効性を報告してきた。そして、健常有歯顎者の習慣性咀嚼側における咀嚼では、下顔面皮膚上の運動は下顎運動と協調し、運動周期は同じであるが運動パターンは測定点によって異なることを明らかにした。しかし、咀嚼運動の巧緻性は、健常者であれば非習慣性咀嚼側であっても存在すると考えられるが、それを咀嚼側間で比較した研究は極めて少なく、下顔面皮膚上の運動解析に至っては皆無である。 そこで本研究では、個体内における咀嚼時下顔面皮膚上の運動巧緻性を咀嚼側間で比較することにより、その運動機能的差異を評価することとした。解析パラメータとして、時間的評価に咀嚼周期を、そして、空間的評価に測定点間の咀嚼経路の平均2乗誤差と平均差分ベクトルを用いた。咀嚼側間における各パラメータの有意差検定は、ウイルコクソン順位和検定(p<0.01)を行った。 その結果、それぞれの咀嚼側における下顔面皮膚上の運動は、時間的に安定しており、かつ下顎運動と同じく正確なリズムで協調していることが分かった。空間的には、運動の経路と方向の類似性(運動パターン)が安定しており、咀嚼側間で鏡像関係にあることが分かった。さらに、咀嚼側間での運動安定性の評価を行ったところ、時間的に有意差はなく、空間的にも運動経路と方向の安定性に有意差はなかった。 以上のことから、個体内の咀嚼時における下顔面皮膚上の運動は、顎口腔系が正常であれば、習慣性咀嚼側が存在していても咀嚼側間で、運動リズム、運動パターンとその安定性にそれぞれ有意差はなく、運動機能的差異はないことが示唆された。 今後は、健常者の個体内評価のデータベースを作成するとともに個体間評価も行い、これらのデータの蓄積によって顎口腔機能異常の症状と運動異常の関連を検索し、診断の助けとすることを考えている。
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