本研究を遂行するにあたり、咀嚼による食塊の性状変化を経時的に捉える手法を確立することが必要不可欠である。そこで、まず、食物の摂食から、食塊を形成し、嚥下にいたるまでの咀嚼運動を、咀嚼の初期、中期、後期の3つのステージに分けた。それぞれのステージにおける実際の食塊の性状を、特に、粘弾性について食品材料試験機を用いることにより測定した。その結果、咀嚼の進行に伴い、食塊は破壊粉砕され、唾液と混和することにより、その性状は刻々と変化してゆくことが初めて確認された。 つぎに、実測された刻々と変化する食塊の性状データを基に、口腔内における咀嚼される食塊動態を、コンピュータを用いた計算力学的手法の一種である流体解析によりシミュレートする方法を確立した。すなわち、実測した上下臼歯の形状および咬合状態と、咀嚼運動パターンおよび食塊性状(粘弾性)を解析条件として入力し、咀嚼運動の初期、中期、後期における食塊の流れの様相を解析し、ヴィジュアルに表現した。その結果、正常咬合者においては、咀嚼の進行に伴い唾液と混和された食塊は、より速度を増しながら舌側へ方向を収束しながら流れてゆく傾向を認めた。これに対して、不正咬合者においては、食塊の流れは舌側に収束しないものが多く、また、反対方向である頬側に流れるものもあった。 得られた結果より、咀嚼は、形態的条件としての咬合状態と、咀嚼に伴い性状を変化させる食塊からの歯根膜や筋紡錘に対する機械的刺激に影響されてコントロールされる顎運動パターンによって、最適に制御されている可能性が示唆された。 今後は、動物実験により、咀嚼機能障害を形成したモデルを作成し、咀嚼筋活動の協調性や顎運動パターンの初期的および長期的変化様相と、咀嚼される食塊の性状変化の様相を検討する予定である。これにより、咀嚼機能障害に伴う不正咬合の発生や固有の顎運動パターン形成のメカニズムを解明する手がかりを得られるものと考えられる。
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