歯科矯正臨床においては、歯の移動に伴う歯根吸収の防止が求められているが、現在までのところ、その発症を予知しうるに十分な科学的な知見は得られていない。本研究では、ラット臼歯を実験モデルとして、第一臼歯の近心移動に伴う歯根吸収の発症機序を細胞・分子レベルでの解明を目的とした。本年度においては、雄性SD系ラット(200g体重)を使用して、歯根吸収の引き金となる矯正力刺激の閾値が初期荷重量と負荷時間の積分値によって規定しうるとの作業仮説を検証した。初期負荷量を20g、40g、60g、臼歯近心移動モデルにおいて、負荷期間をパラメターとした実験を実施した。破骨細胞および破歯細胞の分化と活性化(その消退)を追跡する目的で、免疫組織化学(細胞同定のためのED1、ED2、炭酸脱水酵素、RANK、RNKL、cF0S、骨関連細胞の分化マーカーとしてI型コラーゲン、オステオカルシン)と酵素組織化学(TRAP/ALPの二重染色)を実施した。その結果から、今回のラット臼歯モデルにおいては、短期間の矯正力負荷量(1時間から1日)によっても、圧迫側の歯根表面では遅延性(準備・潜伏期間として3-4日間)に吸収窩が発生し、破歯細胞の出現時期と局所組織空間では、RANK陽性細胞とRNKL陽性細胞が共存することと、破歯細胞の接着した歯根表面ではオステオカルシン局在を確かめた。また、歯槽骨の骨細胞ではcF0S発現(免疫組織化学)が認められ、矯正力の受容と伝播に転写因子が関与することが示唆された。成立した歯質吸収窩では、酒石酸耐性酸性フォスファターゼ陽性細胞数の変動を指標とした吸収活性の増強と減衰、アルカリフォスファターゼの発現と硬組織添加を指標とした修復応答を調べた。なお、本年度においてエックス線マイクロCT装置の利用が可能となり、矯正力負荷による歯槽骨改造と歯根吸収の発症について3次元観察を開始している。
|