2001年12月に現地調査を実施した。聞き取りおよび観察調査によってわかったことは、環境への働きかける行動は性差がきわめて大きいということである。男性は、耕作地や休耕地における植樹にきわめて熱心であった。耕作地でないところに生えている幼木をみつけると、積極的にそれを自分の畑や家の周りなどに移植する。そのようにして植え付けられた樹木は個人に帰属するし、また好んで植え付けられる樹木とそうでない樹木は比較的はっきり区別されている。樹木を植える動機としては、男性としてのたしなみ、子孫がその畑の使用権を主張するための材料、薪・建材・食糧などの実際的用途、土壊の肥沃さを維持するためなどが挙げられる。一方、女性はサツマイモのマウンドに鋤き込む草本を自分の耕作する畑の近くで得られるようにすることに興味があるようで、特定の草本を移植するという行動はみられないものの、草刈りをするときに、"tani"とよぱれる草の仲間は意識的に残されていた。 一方、具体的な定量調査としては、3つの村落(環境劣化の著しい斜面に位置するHeli、肥沃な沖積平野に位置するWenani、そしてタリ飛行場に隣接するKikida)を対象とし、作成済みの土地利用図をもとに、それぞれから10ヶ所以上の耕作地と休耕地、数カ所の極相林と湿地帯を選び、人々が植えた草本と木本および自然に生えた草本と木本について、その全てをフリの呼び名で記録した。さらに、全ての植物について、その用途(地力回復、施肥、建材、薪など)、耕作地や休耕地に植えることで土壌の肥沃さに貢献すると思うか等についての聞き取りをおこなった。結果は、以下の6点に集約される。(1)人々が頻繁に植え付けを行う樹木ほど、自然に生える頻度も高かった。(2)土壌にとって良いと思われている樹木は、実際にも頻繁に植えられていた。また、そのような樹木は、自然に生える頻度も高かった。(3)土壌にとって良いと思われている草本は、自然に生える頻度も高かった。(4)植物が土壌にいいかどうかの判断は地域間で異なっており、3通りの組み合わせの中ではWenaniとHeliが最も異なっており、WenaniとKikidaが最も似かよっていた。(5)対象三地域の比較では、植え付けられた植物の数はHeli<Wenani=Kikida、自然に生えた植物の数はHeli<Kikida<Wenaniであり、それぞれの地域における土壌の肥沃さ(Heli<Kikida<Wenani)と関係しているかもしれない。(6)HeliとWenaniにおいて、男性は女性に比べて樹木を土壌に良いと考える傾向がみられたが、Kikidaではそのような性差はみられなかった。 以上より、タリ盆地における伝統農耕では、特定の樹木を植え付け・特定の草本を鋤き込むことが土壌の肥沃さを維持するために重要であると考えられており、結果的にそれらの植物は自然に生える頻度も高いことが示唆された。従って、歴史的にみれば、伝統農耕により有用な植物の生息密度が選択的に増加してきたと考えることもできる。しかしながら、それぞれの植物に対する考え方、植樹行動には地域差・性差がみられ、この背景にはもともとの環境条件の違いが関与している可能性もある。タリ盆地、特に標高の高い部分では、近年の人口増加によって伝統的農耕の維持が難しくなっており、積極的な換金作物の導入が検討されている。しかしながら、そこには伝統農耕の環境保全機能に対する視点が欠落しているといわざるをえない。今後、在来植物についての人々の分類/利用体系に踏み込むとともに、近年、導入が進んでいる外来植物がその体系の中でどのように位置づけられているかなどのテーマについてさらなるデータ収集が必要であると考えている。
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