タイでは1997年に発生した通貨危機とその後の不況の深刻化に伴い、個人消費が大きく落ち込んだ。そうしたなか、小売業界では、ヨーロッパ系流通外資がもたらしたディスカウントストアやハイパーマーケットなどの新業態が台頭した。低価格販売を売り物にするこれら新業態は、不況下で消費性向を低下させた消費者の需要を満たすことに成功したのである。対照的に、地場系小売企業は、中小業者だけでなく大手資本も含めて業績を悪化させ、事業の縮小や売却を余儀なくされるところもあった。 このように、確かに通貨危機がタイ流通業界に与えた衝撃は絶大であった。しかし、実はこうした構造変化は、危機以前の経済ブーム期に上記新業態の登場によって既に始まっていた。これら新業態は、仕入方式から多店舗化戦略、在庫管理と物流に至るまで従来の小売業とは大きく異なる流通システムを特徴としており、百貨店を中核事業として成長してきた地場系大手資本にとっても、流通外資に対して競争優位を発揮できる事業分野ではなかった。地場系最大手グループの場合も、経営ノウハウを十分には有しない新業態への多角化が、むしろグループ全体の財務構造脆弱化の要因にさえなった。その結果、地場系大手資本は、外資と直接競合しない百貨店事業を中心とするコア・ビジネスに回帰するほかなくなった。 現在タイでは、近年の外資規制緩和が流通外資の台頭を促し、地場の小売業を圧迫する事態を招いていると懸念されている。流通業界の一部には、強硬な外資規制を唱える動きもみられる。しかし、現在のタイでは、外資のみをターゲットにした規制政策は現実的ではない。今後、タイの流通業は外資主導で構造変化がいっそう進むと考えられるが、そうしたなかで地場系小売企業が果たす役割がいかなるものかが注目される。
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