液胞は貯蔵・空間充填・隔離/解毒・分解など植物が行う生命活動における重要な機能を司っている。我々は植物二次代謝産物であるアントシアニン色素の蓄積器官としての液胞の機能と役割を総合的に理解しようと試みた。紫地の花弁に青色のセクターが入る易変性変異purple-mutableをもつアサガオから、青い花を咲かせる生殖細胞復帰変異体(germinal revertant)を分離し、易変性変異体とその復帰変異体の花弁のアントシアニン色素の組成を比較検討したところ、両者の間には質的にも量的にも違いを見い出し得なかった。それゆえ、花の色を紫色から青色に変換させるPr(Purple)遺伝子は花弁液胞のpH調節に関与するのではないかと推定された。そこで我々は、易変性変異purple-mutableアサガオと生殖細胞復帰変異体などを用いて、アサガオ固有のトランスポゾンTpn1を用いた簡便トランスポゾン・ディスプレイ法により、Pr遺伝子と考えられるcDNAクローンを単離し、その全塩基配列を決定したところ、この遺伝子の本体が液胞型のNa^+/H^+exchanger遺伝子であることが明らかになった。次に液胞型Na^+/H^+exchangerが破壊されている酔母のNHX1変異株へこのPr遺伝子を導入し、相補実験による機能解析をしたところ、このPr遺伝子は酵母NHX1変異株の塩化ナトリウム耐性能を相補した。したがって、この遺伝子産物は花弁液胞内のH^+濃度をコントロールすることにより液胞内pHを高く維持し、アントシアニン色素を青色に保っているものと考えられた。このPr遺伝子の転写産物の発現パターンを解析する目的で、ツボミから開花するまでタイムコースをとってPr遺伝子転写産物の発現量を解析したところ、このPr遺伝子は開花12時間程度前に一過的かつ急激に多量のmRNAを発現していることが分かった。また、このPr遺伝子はアサガオゲノム中に2コピー存在していたことから、そのホモローグを単離し、塩基配列を決定して、その発現をRT-PCRによって解析したところ、2コピー目のPr遺伝子ホモローグは花弁、がく、葉、茎などPr遺伝子が発現していた各組織において、RT-PCRによってもその発現は確認できなかった。さらにPr遺伝子と他のアントシアニン色素生合成経路の構造遺伝子群の発現パターンを比較したところ、Pr遺伝子は今まで明らかになっているそれらアントシアニン色素構造遺伝子群とは明らかに違った制御を受けていることを示す結果を得た。この結果からPr遺伝子のように開花時花弁細胞でのイオン動力学に関与する未知遺伝子群の存在が示唆された。
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