これまで、獲得免疫系を持たないために自然免疫系だけを選択的に解析できる昆虫を用いて、昆虫が病原体の感染に応じて少なくとも8種類の脂肪酸を生合成することを明らかにした。これらは、一連のシグナル伝達カスケードの中間体であると考えられるが、このカスケードは、植物の防御反応カスケードと哺乳動物のアラキドン酸カスケードと共通項を示していた。そこで本研究では、この昆虫の脂質によるシグナル伝達カスケードが、自然免疫系のメディエーターとして働いているかどうか、遺伝子導入ショウジョウバエを用いて明らかにすることを目的とした。まず、リン脂質から脂肪酸を遊離するホスホリパーゼA2(PLA2)の活性が、病原体の感染に応じて一過的に上昇することを見出した。次に、新たに遺伝子導入ショウジョウバエを用いて開発したin vitro系を用いて、自然免疫系の活性化にPLA2の活性化が関与しているのかどうか調べた。その結果、PLA2の阻害剤が、エンドトキシンで誘導された自然免疫の活性化を抑制することを明らかにした。先にセンチニクバエで同定した8種類の脂肪酸のうち、アラキドン酸とγ-リノレン酸だけが特異的にこの抑制をキャンセルし、このほかの脂肪酸にはその活性がないことが明らかとなった。アラキドン酸とγ-リノレン酸そのものには、自然免疫系を活性化する活性はないことから、アラキドン酸とγ-リノレン酸は活性化型脂質メディエーターの中間体であると考えられる。これらの結果は、病原体の感染に応じて誘導されたPLA2により、リン脂質より脂肪酸が遊離し、アラキドン酸とγ-リノレン酸が中間体となる活性化型脂質メディエーターに変換され、この脂質メディエーターにより、自然免疫系が制御されている可能性を示している。次年度は、この活性化型脂質メディエーターを明らかにする。
|