酵母(Saccharomyces cerevisiae)のSCS2遺伝子産物は、細胞内膜小胞輸送に関与する膜蛋白質であるシナプトブレビンに結合する蛋白質としてラットやマウスなどで発見されたVAP-33と相同性がある。一方、この遺伝子を破壊した酵母はイノシトール要求性や低温耐性を示す。これらの表現型と他の遺伝子との遺伝学的相互作用の結果から、SCS2遺伝子破壊株ではイノシトールリン脂質の代謝に異常があり、それが結果として低温耐性を引き起こすと考え、この関係の分子的要因を明らかにするためにSCS2遺伝子産物の機能解明を試みている。本研究ではまずSCS2破壊株のイノシトール要求性を与える要因を明らかにしようとした。そして、他のイノシトール要求性株に多く見られるイノシトール生合成遺伝子INO1の発現異常は、SCS2破壊株では見られないことを明らかにした。また、ホスファチジルコリン生合成のためのCDPコリン経路に位置する遺伝子であるCKI遺伝子を破壊すると、SCS2遺伝子破壊株のイノシトール要求性が回復することを発見した。これらのことはSCS2遺伝子破壊株のイノシトール要求性が、単なるイノシトールの生合成異常ではなく、ホスファチジルコリンを含むリン脂質の代謝異常によるものであることを示唆する。つぎにSCS2蛋白質そのものの機能解明を目指した。SCS2蛋白質の電気泳動パターンから、この蛋白質が何らかの化学修飾を受けていると考え、リン酸化、糖鎖修飾、ADPリボシル化などの可能性を検討した結果、ADPリボシル化されている可能性が大きいことを発見した。小胞体に局在する蛋白質がADPリボシル化されることは他に例がないため、現在慎重に裏付けとなるデータの取得に努めている。
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