本年度はRasにより制御される非アポトーシス性プログラム細胞死の生理的意義の解明とこれに基づいたより生理的なモデル実験系の作成に重点をおいて研究を行った。神経芽腫は自然退縮がしばしば見られる癌としてよく知られているが、その自然退縮のプロセスにアポトーシスとは異なったプログラム細胞死の関与が示唆されていること、Rasの発現が神経芽腫の予後良好因子であることなどに加え、最近の我々の研究からRasがヒトがん細胞に細胞特異的に非アポトーシス性プログラム細胞死を誘導することが明らかになってきた。これらの事実から我々は神経芽腫におけるRas蛋白質の高発現がアポトーシスとは異なったプログラム細胞死を誘導し、その結果腫瘍の自然退縮が起きているのではないかと考えた。この点を確認するためにまず神経芽腫の腫瘍サンプルを用いた免疫染色を行ったところ、自然退縮を起こしやすい神経芽腫のサブグループにおいてRasの高発現部位に一致してアポトーシスとは異なる細胞変性が高頻度に起きていることを認めた。また、in vitroにおいても、腫瘍サンプルで認められた所見に一致して、Rasの発現が神経芽腫細胞にアポトーシスとは異なった細胞死を誘導することを確認した。これらの結果はRasにより誘導される非アポトーシス性プログラム細胞死が神経芽腫の自然退縮に寄与している可能性を強く示唆していると同時にRasの発現により神経芽腫の細胞死が誘導されるin vitro実験系はより生理的な意義をもつモデルシステムとして有用である。現在、このモデル実験系を用いてRasの下流で機能する細胞死シグナル伝達分子を同定しつつある。
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