研究概要 |
本研究は一過性全脳虚血後,NMDA受容体チロシンリン酸化を介する細胞内情報伝達への関与に主眼を置き,企画された. 本年度はラット一過性(15分)全脳虚血によって引き起こされるNMDA受容体サブユニットNR2AとNR2Bのチロシンリン酸化の増大が細胞内情報伝達に関わる可能性を前年度に引き続き検討した.GST融合PI3-kinaseのSH2ドメインをタンパク質間相互作用実験に用いた結果,一過性全虚血・再灌流後にそのSH2ドメインとチロシンリン酸化NR2Bの結合は増大した.一方,一過性脳虚血・再灌流後NR2Aのチロシンリン酸化増大はNR2Bと比較し,顕著であるにも関わらず,PI3-kinaseのSH2ドメインはその増大したチロシンリン酸化NR2Aとは全く結合しなかった.近年,SH2ドメインがリン酸化チロシン残基非依存的に結合する可能性を示した結果が報告されたため,一過性全脳虚血後のチロシンリン酸化NR2BとPI3-kinaseのSH2ドメインはリン酸化チロシン残基非依存的である可能性が示唆された.そこで本研究はこの可能性を検討するために,外因的に脱チロシンリン酸化酵素を作用させ,チロシンリン酸化NR2BとPI3-kinaseSH2ドメインの結合実験を遂行した.その結果,外因的に作用させた脱チロシンリン酸化酵素は一過性脳虚血後のNR2チロシンリン酸化を阻害し,かつ濃度依存的にPI3-kinaseSH2ドメインとの結合を阻害した.この研究結果は,一過性脳虚血後のPI3-kinaseSH2ドメインとNR2Bの結合はリン酸化チロシン残基依存的であることを明らかにした.さらに本研究では,NR2Bの細胞内領域に存在するPI3-kinaseSH2ドメインと結合可能な配列のペプチドを用い,競合結合実験を遂行した.ペプチドにはYAHM配列を用い,そのリン酸化ペプチドと非リン酸化ペプチドの比較を行った.その結果,リン酸化YAHMペプチドは一過性脳虚血後のNR2BとPI3-kinaseSH2ドメインとの結合を濃度依存的に阻害した.一方,非リン酸化YAHMペプチドは一過性脳虚血後のNR2BとPI3-kinaseSH2ドメインとの結合を阻害しなかった. 以上本年度の研究結果より,一過性脳虚血後のNR2BとPI3-kinaseSH2ドメインの結合はNR2Bのリン酸化チロシン残基を介すること,かつ,NR2B細胞内領域YAHM配列のリン酸化チロシン残基を介することが明らかとなった.これらの結果は一過性脳虚血後のチロシンリン酸化NR2Bサブユニットを介した細胞内情報伝達起動の可能性をより明確にした知見であると考えられた.
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