海馬は一連の出来事の連鎖すなわちエピソードの記憶を形成するのに必須の器官といわれている。本研究においては複雑系科学の観点からエピソード記憶形成の問題を捉える。高次元力学系の研究で得られた知見をもとに、エピソード記憶の形成機構を明らかにする事を目的に研究計画をたてた。 2年間の研究により、エピソード記憶のカオス力学系によるモデルを提案する事が出来た。ヒトの経験は、外界を連続的に流れる物理事象を意識が離散化したものである。一つの仮説として意識による離散化はγ波によって行われると考えた。一方、海馬-皮質の相互作用系は約200ミリ秒の回帰時間を特徴的な時間として持ち、θリズムと同期している。従って、海馬への入力はθ波をγ波が離散化することによる事象の連鎖と考えられる。海馬CA3は、そのネットワーク構造から意味記憶の遷移を可能にする。この遷移がカオス的遍歴で記述されることがわかった。CA3の錐体細胞のシェーファー側枝は、CA1への入力を形成する。一方、CA1はそのネットワーク構造から安定な力学系であると考えられる。従って、CA3-CA1相互作用系はカオス的遍歴によって駆動された縮小力学である。 カオスによって駆動された縮小写像系の一般理論から、海馬CA1にはカントール集合状のアトラクターが形成されることが期待され、実際モデルシミュレーションにおいてそのことを確かめた。この場合、カオス的遍歴は、出来事の連鎖すなわちエピソードを表現しており、カントール集合の階層性はカオス的遍歴の履歴を表現しているので、カントール集合はエピソードのカテゴリーを表現しているということを明らかにした。
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