この研究の目的は計算機内でシミュレートした「人工社会(Artificial Society)」の中で仮想のエージェントが形成する権力関係を観測することにより、現実の社会における権力関係、権力システムの創発メカニズムを研究することである。 研究計画における今年度の作業を次の2点において実施した。第1はエージェントの集団間での権力関係(多数派集団-少数派集団)がいかに成立するかを探索する作業である。第2は「協力の交換」を介して権力が生じる可能性を探る作業である。 第1の作業については次のような研究を行った(研究発表の第1〜3)。2種類の態度によって区分される多数のエージェントがクラスタ化する(同類のエージェントが隣接する)傾向はSocial Impact理論に基づくシミュレーションとして実施されてきた。この研究ではまず、その態度を3以上に一般化したシミュレーションを実施した。次に、Social Impact理論とは異なる前提(態度間の距離を定義し、距離が大きい態度間でより多くの軋轢があると仮定)による「相互調整モデル」を設定し、シミュレーションを実施した。この2種類のシミュレーションに見られた主たる観測は次の点である。(1)接触の単純な比率からすれば、多数派エージェントほど同類と接触する機会が多い。(2)しかし(1)の傾向は集団のサイズから生じる構造効果である。構造効果を統制した接触可能性指数では少数派ほど同類接触の傾向が強い。この(1)、(2)の結果は従来の経験的研究の知見と一致するとともに、多数派-少数派間の関係において、少数派が同類と接触することで自らの力関係を維持することが導入した前提から生じることを示している。 第2の作業については、この研究申請時に予定した「(協力の)交換から生じる権力」のシミュレーション分析を行った(研究発表の第4)。相手に協力を与えたエージェントは科罰に与力する、と前提としたとき、資源を与えずに受け取る権力者が出現する傾向を再現できた。しかしこのシミュレーションにはいくつもの難点を見出した。これらの難点を克服してシミュレーションをやり直すことが次年度の課題の1つである。
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