平成12年度には、クーザン美学を研究するための最も基本的なテクスト、すなわち主著『真・善・美について』の初版(1818年講義の聴講者たちのノートを弟子のガルニエが校訂して1836年に出版したもの)および論文「現実美と理想美について」(1818年以前に書かれ『哲学第一試論』に収録されたもの)を検討した。後者については、全文を翻訳したうえで詳細な註解をほどこし、従来あまり注目されることのなかったこの論文の美学的な重要性を明らかにした。前者については、クーザンの形而上学に「感性の学」の新たな可能性を探り、これをドイツ観念論とは異なるフランス唯心論の系譜のなかに位置づけようとした。それによって得られた知見は以下のようである。すなわち、カント以来、<知性と感性>との関係は<能動および受動>という対概念によって捉えられることが多かったが、クーザンはそこに<自発から反省へ>という新たな対概念を付け加えている。それによって、知性の側から感性を考えるばかりではなく、感性の側から知性を考えなおすことができるようになった。いわば<知性以後の感性>を受動性として見るのみならず、<知性以前の感性>を自発性として見ることができるようになった。言いかえれば、<知性と感性>との関係が<形相および質料>という静態的な結合関係とばかり見なされていたところに、<潜勢から現勢へ>という力動的な進展関係がもちこまれた結果、知性や感性の構造もしくは機構が解明されるに留まらず、その発生が検証しなおされる準備が整ったと言うことができる。以上の研究結果をふまえて、平成13年度には、クーザンがフランス近代美学の成立に果たした役割をスピリチュアリスムの系譜において更に広範かつ精緻に解明してゆきたい。
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