本研究の目的は、(1)軍記物語の成立・写本伝承にかかわる状況を実証的に記述して英雄叙事詩の成立・伝承に関する独自の仮説を提示すること、および(2)英雄叙事詩に見られる「去就の自由」を分析してこれを当時の実社会における同種の「自由」とともに日本の軍記物語や歴史資料の例と比較し、激動の時代に生きた人間の行動メカニズムの一端を明らかにすることにある。平成12年度はこれらの課題に関する資料収集・分析・記述を順調に進めたが、海外研究協力者であるフロム、シュミット=ヴィーガント両教授の助言をもとに、まず日本における武士の行動原理、すなわち封建的主従関係、忠誠の概念を歴史的背景を異にする海外の研究者にも理解できるように記述し、さらにそれらが破綻するのはどのような場合か、修復のためにどのような措置がとられるか等の考察をおこない、論文として発表した。これらのテーマはいずれも、当時の成文法を通して「ルール」の概略を知ることはできるものの、実態を伝える歴史史料が日欧どちらの社会でも少なく、解明が遅れていた分野である。しかしこうした点の記述が文芸作品にしばしば見られることから、従来「虚構」というレッテルをもって研究から排除されてきた文芸作品の「史料」としての価値に近年注目が集まるようになってきたのである。以上を踏まえ、次の段階として中世ヨーロッパの具体例、すなわち実在の人物が「去就の自由」の権利を行使し、相争う異なった主君の間を行き来した事例を当時の史料と封建法によって分析し、さらに文芸作品でこれがどのようにテーマ化されているかを考察する論考を現在執筆中である。
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