研究の初年度12年度には、もっぱら比較研究の基礎となる二次資料の収集に努めた。とりわけ、公用語を中心とする国家の言語政策、言語計画に関する文献資料と、国民形成のひとつの指標となる国内紛争、国内反政府運動に関する資料の収集に努めた。 具体的分析としては、言語及び言語集団の国内的階層化と文字紛争とを対象とした。 国家公用語政策が国民形成ひいては国民統合の成否に関わるのは、多くの場合国内に複数の言語集団あるいは方言集団が存在する場合であり、これを解明する前提として、国内諸言語集団あるいは諸方言集団の関係、特にその政治経済的社会的序列化、階層化の実態を明らかにする必要がある。国民形成の失敗例においては、国家公用語政策が往々にして言語集団間の優位劣位の(劣位の集団からすれば)追認あるいは(優位な集団からすれば)逆転とみなされること国内諸集団の対立や不和の大きな要因となるからである。研究のこの側面については、言語集団の序列化に焦点を当て、以上の点を実証する論文を近く公表の予定である。他方、国家公用語が書き言葉であることを要請されることからして、公用語の表記システムあるいは文字システムの選択も公用語政策の重要な一環である。表記システムの選択もまた、国内諸集団の利害とアイデンティティに結びついた複数の文字システムが存在するときには、国民形成の成否に影響を与えることがある。これは特に共通の表記システムを持たなかった新興の国家に顕著な現象である。研究のこの側面の成果は、「表記体系をめぐる紛争:文字紛争論序説」として公表した。 以上の研究の前提として、言語政策においては多くの場合複数の選択肢、例えば複数の方言や表記システム、からの選択が必至であり、必然的に政治の問題であることを、言語と政治の関わりの一般的なモデルを通して明らかにした。
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