研究概要 |
卵巣癌患者の予後を決定する最も重要な因子である腹腔内播種性転移の機構はいまだ不明である。そこで、本研究は卵巣癌の細胞環境を解析し、腹膜播種における癌細胞の生存、増殖、接着、運動、および血管新生を細胞環境の観点から明らかにすることを目的とした。卵巣癌細胞の置かれた環境を卵巣腫瘍内溶液や腹水のガス分圧やpHでみると、pO_220〜40mmHg,pCO_250〜60mmHg、pH6.4〜7.1であり、癌細胞は低酸素状態およびアシドーシスにさらされており、このような環境に適応する機序が重要と考えられた。実際の卵巣癌組織においては、血管新生因子であるVEGFの発現が原発巣において血管より離れるに従って増強し、in vitro低酸素条件下でもVEGF発現および産生が上昇した。さらに、低酸素条件は、細胞周期促進因子であるcyclinsおよびcyclin-dependent kinase(cdk)発現を低下させ、一方、抑制因子のcdk inhibitors発現を亢進させた。細胞接着に関与するE-cadherinおよびその細胞内裏打ち蛋白であるβ-cateninの発現をみると、低酸素によりE-cadherinの発現増強が誘導され、実際の卵巣癌組織においても原発巣に比し転移巣の癌細胞でE-cadherin発現が増強していた。なお、細胞の運動に関与するhepatocye growth factor(HGF)とその受容体であるc-metは卵巣癌細胞において両者とも発現していることが明らかとなり、また実際の卵巣癌においてその転移巣におけるc-metの発現増強が判明した。すなわち、卵巣癌の播種性転移では、血管新生因子、細胞周期調節因子、および細胞の接着や運動に関わる因子が種々の環境下でダイナミックに変化しながら転移過程に重要な役割を担っていると考えられた。
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