本研究では活性酸素種産生酵素Mox-1による細胞のガン化機構と、細胞増殖に連関した細胞内機構のレドックス制御機構に関する解析を行った。活性酸素種としてH2O2を細胞に添加したところ、転写因子AP-1の上流で機能するErk1/2やEGFレセプターが活性されるが、生化学的解析の結果、この活性化には酸化ストレスによるチロシンホスファターゼの失活が関与することが示唆された。また転写因子NFkBの上流で機能するIkBキナーゼa/b(IKKa/b)に対するレドックスの効果を解析したところ、還元剤N-アセチルシステイン(NAC)によりIKKは抑制される一方で、酸化ストレスによりIKKの活性化が促進されることが判明した。これらのレドックス感受性の細胞内シグナル系は細胞のガン化や増殖に関与することから、Mox-1による細胞のガン化と細胞内シグナル系に対する効果を解析した。Mox-1を大量に発現した細胞株のガン化をフォーカスアッセイにより検討したところ、H-Rasによる細胞の形質転換効率に比較して極めて微弱ではあるが、Mox-1には細胞の形質転換を促進する傾向が確認された。そこでErk1/2、JNK、p38などのMAPキナーゼファミリーや、AktやIkBキナーゼに対するMox-1の効果を検討したが、Mox-1による顕著な活性化を認めることは無かった。また転写因子AP-1およびNFkBへの促進効果もほとんど認められないことから、Mox-1による細胞のガン化は、Mox-1により産生された活性酸素種が直接にこれらのシグナル系を活性化することに帰因するのではないと考えられる。あるいはごく少量の活性酸素の産生の二次的効果として細胞のガン化効率の促進をもたらす可能性が示唆された。
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